(やたでら・こんごうせんじ) 公式サイト 矢田寺



城下町郡山の西約4km、南北に横たわる矢田丘陵中腹に位置し、通称「矢田寺」や「矢田の地蔵さん」の名で親しまれている。正式名は金剛山寺。
天武天皇2年(673年)、勅願により入唐僧・智通(ちつう)が創建したとされる。当初は十一面観音菩薩像と吉祥天女像が本尊であったが、平安時代初め弘仁年間(810~824)に住持であった満米上人が地蔵菩薩を本尊として以降、「矢田地蔵」として地蔵信仰の中心地となった。



戦国時代に松永久秀の兵火により、かつての伽藍は焼失したが、江戸時代初期の金堂・阿弥陀堂などがあり、大門坊、北僧坊、南僧坊、念佛院が支えている。



中世には興福寺末となり、江戸時代には郡山藩主柳沢氏の帰依を受けて繁栄。本堂前に立つ石灯籠は寛政5年(1973)に5代藩主柳沢保光の寄進である。



近年では60種10,000株のアジサイの花の寺として広く知られている。また、裏山には四国霊場を移した矢田山四国八十八ヶ所が整備され、各札所に石仏2体を安置。1周約1.5時間の山道はハイキングに適している。




木造地蔵菩薩立像 【重要文化財】
正面7間、側面5間の本堂は室町時代末期の再建。本尊の木造地蔵菩薩立像は貞観時代とみられる桐の一本造。量感豊かな等身像。左手に宝珠を載せ、右手は親指と人差し指を捻じ、矢田形と呼ばれる。



矢田寺 本堂
本堂



木造地蔵菩薩立像
木造地蔵菩薩立像









ブログ村のランキングに参加しています。

この記事が良かったらCLICKしてください。 ↓

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 奈良県情報へ
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ




ブログ村のランキングに参加しています。
良かったら 1日に1回、↓ の3つのバナーのいずれかをCLICKして、
応援してください。よろしくお願いします。
にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 奈良県情報へ にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ