(やくおんはちまんじんじゃ) 『続日本紀』の天平勝宝元年(749)11月25日の条に「於南薬園新宮」とあり、平城京の南、梨原にこの宮があったことになる。 梨原の地はもと広大な薬園のあった所である。八幡大神の分霊を冠して命名されたのが創始である。 翌年に塩町の ...